×TaiTan Dos Monos

×TaiTan Dos Monos
加藤拓也  TaiTan
■企画とは何か──ユニークな発想はどこから生まれるのか

加藤:少し前の話になりますが「盗 -TOH-」 面白かったです。何人かで挑戦したんですが早々に失敗しました。他にもスニーカーを作ったり、ミネラルウォーターを作ったり、「PINPIN MART」というコンビニまで作っちゃった。斬新な視点で企画を立てて、いままでになかったモノや体験をTaiTanくんは創り出してる。

TaiTan:嬉しいですね。

加藤:そういう新しい発見や価値を見出すことが企画の大事なポイントだと思います。でも演劇の世界における企画って、それよりは公演を計画して実行、管理するみたいな意味合いのほうが強い。劇場で上演する演劇の“企画”って、どういう発想すればいいんだろうって思います。ちなみに、「盗 -TOH-」はある意味、すごく演劇的だと感じました。参加者が登場人物として「盗 -TOH-」の世界に入り込み、現実では絶対にダメな“盗み”を体験していく。もう何回も聞かれてると思うけど、どこから発想したのでしょう?

TaiTan:僕が企画を立てるときは基本的に、ネガティブな感情を基点にすることが多いんです。「盗 -TOH-」は僕がTBSラジオでやっている「脳盗」という番組から生まれたもので、この企画の出発点になっているのは、ラジオ業界の古い慣習に対するフラストレーションでした。たとえばラジオ番組って、プレゼントキャンペーンのようなものがいまでもずっと繰り返されているじゃないですか。「フォローとリポストをした方のうち、抽選で10名様に……」みたいな。それで、企業からスポンサーフィーをいただくと。

加藤:昔からあるものですね。

TaiTan:でもこれって比較的若い世代の感覚からすると、ちょっともうどうかと思うんですよ。僕は応募しようと思わないし、ましてやその呼びかけ人になるなんて、イメージすらできない。これがネガティブな感情としてありました。そこで思いついたのが、「あげますよ」ではなく、「盗んでもいいよ」と言い換えること。応募者は参加者としてひとつの場に集まるのだから、これならイベントになるなと。とはいえベースにあるのは、ラジオ業界のクラシカルな慣習です。呼びかけている時点で同じといえば同じなので。でも見せ方とコミュニケーションの方法を変えるだけで、イベントになる。それも人が4時間くらい並ぶようなものに。もちろんTBSにイベントのノウハウがあって優秀なスタッフさんもたくさんいたというのも大きいのですが。

加藤:言い換えることで価値が生まれた。もしかしたら演劇でもそういうことが起こせるのかな。「言い換え」を別のものに置き換えないといけない気もします。劇場を出て行って別のものと繋がらないと言い換えられなさそうな気がするというか。繰り返しになりますけど僕は楽しめました。

TaiTan:参加者がほかの参加者に見られているのも、この企画の味噌ですね。自分以外の人々がオーディエンスになる。「盗 -TOH-」が好評だったのは、USJがかなり好調だって話と近いのかもしれない。USJは『ハリー・ポッター』などとのコラボレーションで支持を集めてきましたが、「ハロウィーン・ホラー・ナイト」がはじまってから、さらに爆発的に売り上げが伸びたっていう話を聞いたことがあります。来場者が仮装して、誰もが等しく演劇的なホラー体験を味わうことができるものです。じつは演劇って、それくらいの力を持っていると思うんですよね。ただ、演劇を演劇の枠組みの中だけでやると、その外部との繋がりは生まれづらい。ロジックだけでやってもうまくいかないでしょうけど、何かとの組み合わせしだいでは、バコンと跳ねるポテンシャルを持っている。

加藤:その演劇の枠組みがどこまでかという点は興行主か作家かによって捉え方が違いますよね。演劇的というあの感覚を「強い感覚をともなう体験ができるもの」としてほかの何かと組み合わせることに関していうと、外部と繋がることができるのかもしれません。話は少しずれるのですが、数年前に観たVR演劇で小泉明郎さんの「縛られたプロメテウス」がすごく面白かった。強い感覚をともなう体験。これが強烈だったので自分もやってみたいとは言えないんだけど現実を拡張する装置を使うものもまだドラマ演劇には余地があるのかもしれない。

TaiTan:やっぱり自分の身体感覚をともなう体験ができるものこそ、多くの人々の支持を得られるのかもしれませんね。僕自身はまだ、VR装置を使ったコンテンツで人生観が変わるような体験はしていませんから。加藤さんが「盗 -TOH-」を“演劇的”だと称してくれたように、身体に圧を感じられるかが重要なのかもしれません。


■演劇と演劇的なもの──いかにして人間の欲望のツボを押すか

──観客が受け手として存在するオーセンティックな演劇と、観客も登場人物のひとりになる「盗 -TOH-」のような演劇的なもの。TaiTanとしては、観客参加型のほうが面白いだろうと考えているんですか?

TaiTan:参加者が登場人物のひとりであり、同時にオーディエンスでもある。そしてこの役割は、コロコロと入れ替わる。この状態こそが面白いと思います。しかも「盗 -TOH-」の場合は、オーディエンスも息を潜めないといけない。自分が発してしまう衣擦れなどが、他者の“上演”に関与してしまいます。その場にいる各人が、すべての役割を担わされているんです。これは既存の演劇とはまったく違うけど、たしかに演劇的ではある。エチュード性がありますしね。

加藤:たとえば、お台場のイマーシブフォートとか、ゲームでマーダーミステリーとかってあるじゃないですか。参加者として与えられた役割をこなして、それぞれミッションをクリアしたり、ストーリーを追いかけたりする遊び方で、演劇的なコンテンツに分類されると思うのですが、面白いとは思うものの大ヒットまではしてない。この理由は何なんですかね。

TaiTan:コンテンツのテクスチャーというか、デザインに対する個人の好き嫌いが影響しているのかもしれませんよね。

──というと?

TaiTan:「盗 -TOH-」の強みは、参加者が特別な役割やキャラクターを演じる必要がなかったところにあります。普段着のまま、誰もが舞台に立つことができる。このある種の敷居の低さが、多くの人々にリーチできた理由のような気がしています。イベントにはたくさんのTikTokerやYouTuberが来てくれたのですが、中でもアメリカの方の動画が大バズりし、訪日客の参加者が相次いだ。そして最終的にはドバイのラジオ局の目に留まり、「きみの考えてることを教えてくれ」と、ラジオへの出演依頼が来たりもしました。

加藤:ドバイのラジオに行ったんですね。

TaiTan:日本のラジオがやっている超ドメスティックなイベントが、なぜかドバイにまで届いた。このバグ感が、面白いですよね。非言語的な体験を提供する場として、全世界の人々を受け容れる器の大きさが「盗 -TOH-」にはあったんだと思います。全人類がやっちゃいたくなる、“欲望のツボ”みたいなものを押せるかどうか。演劇的な手法にはまだとてつもない可能性があると思います。

加藤:誰がやるということもあるでしょうしね。

TaiTan:僕の個人的な関心でいうと、たとえば臨死体験とか。

──加藤さんの中に、誰かの“欲望のツボ”を刺激したい気持ちはあるんですか?

加藤:あるのかな。どうなんだろう。


■作家性と大衆性の関係──“熱狂”をどう生み出すか

TaiTan:僕の企画は、活動体によって志向するものが異なります。Dos Monosの音楽活動でラップをするときは、プライベートな作家性が前面に出るので、広くあまねく人々の欲望を刺激しようとは思いません。でも「盗 -TOH-」のようなイベントを作るときは、あらゆる人々が足を運びたいと思えるものにしたい。そういう景色が見たいと思っています。このふたつの欲望の軸があるんです。作家性と大衆性の関係でいえば、加藤さんは作家主義の人だと思うのですが、こういった欲望は同居していますか?

加藤:作家主義かどうかとかそういうことを考えたりはしないのですが、志向するものでいうとTaiTanくんの音楽活動に近い感覚で演劇をやっていると思います。

TaiTan:やっぱりそうですよね。そんなイメージが強いです。加藤さんの作家性って、個人のプライベートな欲望が地下茎のように全世界と繋がっていて、それがある瞬間、ひとつの結果として共振する。そういう印象があります。

加藤:狙ってないことを言語化されると恥ずかしいですね。

TaiTan:でも僕の場合は、まず地下茎で世界との共通項を探し出し、それからモノを作ります。つまり加藤さんとは逆なんです。

──それは広義の“マーケットイン”みたいなことなのかな?

TaiTan:イベントを作るときは、まさにマーケットイン的な話だし、あとはシンプルに“熱狂”を味わいたい。そこへの本能的な欲望がある。

──そしてその熱狂を生み出すためには、人々に広くあまねく受け入れられるものを目指す必要があると。

TaiTan:そうですね。僕という個人の範疇を超えていくような、コントロール不能な状況。興行という意味でもそこを目指さないと経済的に成り立たないし、シンプルにそれが見たいし、欲しいと思っちゃうんですよね。

加藤:TaiTanくんがやっているのは、ハードウェア作りっぽいですよね。

TaiTan:そうですね。仕組みとか、システムとか。

──現在の演劇の仕組みや環境に飽きていたりしますか?

加藤:別に飽きてないです。劇場以外で上演することや何かと組み合わせられたものってたくさんありますけど、劇場で上演することと環境と仕組み、内容も違うんですが、だからといって真の意味で新しい企画になっているわけではないんですよね。だいたい新しいハードが出たら新しいソフトも出るじゃないですか。新しいハードでしかできないソフトっていうのかな。なんというか演劇のなかでハードが変わったときにソフトはあんまり変わってないままゲームしてるという感じはあると思います。ハードのほうだけが面白がられてしまうというか。そうなると次のハードは何?みたいになってくし、ハードを考えるばっかりになっていって、肝心のソフトが置き去りになっちゃう。そうなるとけっこう大変ですよね。


■作家性と大衆性/商業性のはざまで──自らの表現をどう守るのか

──面白いソフトウェアを世に送り出すためには、ハードウェアのアップデートが必要なわけですね。

TaiTan:僕が活動の軸足を置いているラジオというのも、もともとはクラシカルなもの。加藤さんが感じている歯痒さみたいなものは分かる気がします。だから、ハードを考え直すところからスタートしました。例えば枠を売る以外の方法で、スポンサーについてもらえるだけの交渉力も必要だろうとか。そうでなければ、たとえば補助金や、パトロンのような存在に依存して活動していかざるを得ない。でもこれってサステナビリティはまったくないですよね。自立性がないのは危険。だから自分たちでお金を作らなければならない。商圏を作ることとクリエイティブ的に面白いことを作ることのふたつの軸が欠かせないと思います。

──TaiTanが手がける企画はどれも商業性があるというか、マネタイズのことを意識しているのを感じます。これを意識するようになるのに、どんな流れがあったんですか?

TaiTan:音楽活動に関していえば、Dos Monosはそこまでゴリゴリに意識しないんですが、面白おかしくお金を作れるようにはしたいと思っていますね。そもそも僕らの音楽性の価値を、いまの世の中で納得してもらって、経済を回すところにまで発展させるのは簡単じゃない。非常にエクスペリメンタルなものである自覚がありますしね。そんな僕らの活動に対して、仮にパトロン的な存在がいたとします。でもこれだと相手に依存するから、ずっと首根っこを掴まれている状態になってしまう。だから僕らは自分たちの表現を守る意味でも、予算の作り方から自分たちなりの方法で面白がれないかなと画策したりしていました。

加藤:どんなものですか?

TaiTan:上出遼平さんというプロデューサーと組んで、テレビ東京で『蓋』(2021年)という番組を作ったんです。早朝の停波帯をジャックして、映像に合わせてDos Monosの新曲を流しました。テレビ局やスポンサー側にどんなメリットがあるのか、明文化してプレゼンしたんです。楽曲を気に入ってくれた人々からお金を集めるのとは違います。だからマネタイズ意識に関する質問に答えると、そういう必要に迫られて、やらざるを得なくなったのが正直なところです。自分たちの表現を守るために、市場における自分たちなりの話法を身につける必要があったんです。

──作家性を守るために、アクロバティックな闘い方を編み出したと。加藤さんはそういう試みをされたことはありますか?

加藤:あんまりほかの劇団の運営について詳しくないのですが、うちはうちで結構変だと思います。別に大学で集まった仲間ってわけでもなくて、よくわからない形でスタートしたし。ただ、劇団って企業と協力すると嫌われませんか?そう感じてるのは僕だけですか?

TaiTan:僕がやっている音楽活動にしろ、Podcast番組派生のプロジェクトにしろ、通底しているのはブラックジョークだったりするんですよ。だからどういうお金の作り方をしようと、基本的にみんな面白がってくれる。僕は自分自身のこのキャラクターに助けられているところも大きいと思いますね。でも演劇界に身を置きながら企業と関わり合ったりするのって、たしかに説明責任みたいなものを求められそう。その感じはすごくよく分かります。

──加藤さんは劇団としての活動を続けるうえで、何かしらの計画性のようなものがあったのでしょうか?

加藤:劇団として活動する計画はちゃんとうまくなりたいところですね。僕と制作部しかいないから、どこまで劇団としての活動と呼べるんだろうと思います。TaiTanくんは、長い先のことまで考えていたりしますか?

TaiTan:それはないですね。あったとしてもぼんやりとだけ。ただでも、自分のやりたいことに関しては、すでにだいぶ棚卸しできている感覚があります。


■コンテンツとプロモーションの関係性──理想の作品展開と広告のあり方とは?

──TaiTanの「自分のキャラクターに助けられている」という話は面白いですね。

加藤:キャラはどこで構築されてるんですか。インターネット上での性格なのか、それともオフラインの世界でなのか。

TaiTan:どうなんですかね。でもシンプルに、これまで積み上げてきた“時間の束”の強さはあると思います。Podcastの番組の『奇奇怪怪』ではこの5年間、週に2時間近くの音声コンテンツを発信し続けてきましたから。要は毎週、連続ドラマのスペシャルを観てもらっているようなもの。ここにアクセスしてくれる人たちと共有できている情報量は、かなりのものなはずなんです。だから誰かと組んで何かをやるとき、基本的に相手は僕がどういう人間なのかを、それなりに掴んでくれている。なのでやり取りもスムーズですね。

加藤:ドラマをプロデュースしたいと思ったりはしませんか。TaiTanくんなりの手法で。

TaiTan:興味ありますね。物語を作ること、何かを語ることにすごく関心がありますから。

加藤:ドラマの枠組みに挑戦した企画はこれまでにもたくさんあるけどTaiTanくんが仕掛けたらもっと違うものになる気がします。

TaiTan:そういった作品って、物語サイドのロジックからではなく、やっぱり現代の感覚に更新されたハードがなければ難しいですよね。でも、これはバラエティ番組の話になりますが、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)内の「名探偵津田」とかめちゃくちゃ面白いと思いますね。SNS上の無限のオーディエンスが見守る中、リアリティショーともまた違う、物語が進行していく。まだジャンルが形容されていないフォーマットだと思うので、みてて知らない感覚になるのですごいですよね。また、これは現代アートの文脈の話ですが、「さいたま国際芸術祭2023」のディレクションを務めたアートチームの目[mé]がやっていたのが、まさに現実とフィクションを連動させるものでした。芸術祭の会場の付近にはたくさんの人々がいるわけですが、そのうちの一部が、じつは仕掛け人だったりするんですよ。

──目[mé]が仕掛けた、“SCAPER(スケーパー)”と呼ばれる存在ですね。

TaiTan:そうですね。目の前にいる清掃のおじさんが、じつは役者だったりする。すると芸術祭の会場を出てからも、あの人もこの人もSCAPERに思えてくる。虚実の皮膜が広がり、どこまでも演出が続いている感覚になってくる。これこそ現実とフィクションの連動であり、演劇的な体験でした。

加藤:演劇が現実に溶け込む体験ですね。

TaiTan:現実の風景に収まっているものが、じつは作品の一部だった。面白いですよね。これに近い状況を作り出して、『SMILE スマイル』(2022年)というアメリカ映画は大成功しました。野球の生中継のカメラに、不気味な笑いを浮かべる人たちを映り込ませるなどして、大きな話題を呼んだんです。いまの時代のメディアにおいて、バズるだろうと確信できるほど正当性がありますよね。しかもプロモーション費用は極めて少ないはず。そこで働いていた力学は、演劇的な力だと思うんです。

加藤:たまにそういう現実を作品が侵食するようなプロモーションで成功しているものを見かけますけど、失敗するプロモーションってなんでだと思いますか?失敗というのは、「認知度の変化なし」も含めて、知らない中身にもちょっと冷めちゃう感じというか。

TaiTan:広告フォビアみたいな現象ってありますよね。あれはコンテンツが有するキャラクターに合ってないことを、広告の手法の面白さだけに着目して、無理にやろうとするから生まれてしまうものだと思います。コンテンツとプロモーションの手法が合っていれば冷められることって本当はあんまりないんじゃないかと思いますね。

加藤:パッケージと中身の差が大きすぎる問題は演劇でも映画でもありますよね。予告と本編が噛み合ってないとか。たとえば、クッキーだと思って食べてみたらそれはじつは煎餅だった。仮にこの煎餅が美味しかったとしてもクッキーだと思っていた人たちからすれば「美味しくない」という評価が出てしまう。本当はちゃんと美味しい煎餅だとアピールして、美味しい煎餅を探している人にきちんと届ける必要があるじゃないですか。そしたらそれが本当に美味しいと口コミで広がって、煎餅の気分じゃない人も「そんなに美味しいなら一口食べてみようかな」ってなってくれる人だっているはず。なのに間口を広げるため、あたかもクッキーかのように提示する。

Tai Tan:『スマイル』の監督は、クリエイティブディレクターとしても活動してるのがでかいと思いますね。彼にとって“映画作り”というのは、一本の映画を完成させることだけでなく、大衆が映画とどのように出会い、さらには人々の声がSNS上に広がるところまでの、いわば映画にまつわる体験の全体像を設計することだったと思うので。作品が社会に及ぼす影響まで、デザインしていたわけです。これって一般的な広告のプロモーション作りみたいな話とは次元が違う。世に言う“IP(Intellectual Property)”的な作り方だと思いますね。

加藤:作品とどうやって出会うかは非常に重要ですね。


*劇団公演『景色のよい観光地』
2026年1月17日~2月1日
https://takumitheater.jp/news/id_763/


___

TaiTan/Dos Monosのラッパー。クリエイティブディレクターとしても活動し、¥0の雑誌『magazineⅱ』やテレビ東京停波帯ジャック番組『蓋』、音を出さなければ全商品盗めるショップ『盗』、マイクブランドShureとのコラボスニーカー『IGNITE the Podcasters』、ロッテの『THE DAY』などを手がける。Podcast『奇奇怪怪』やTBSラジオ『脳盗』ではパーソナリティも務める。

___


文:折田侑駿
ファシリテーター:千代田修平
写真:木村和平